あの日、慶良間の海で起きたこと。

海の日になると思い出す、忘れられない出来事があります。
今日は、今から7年ほど前、慶良間の海で実際に経験したお話です。
慶良間諫島の青い海。
海と空の境目もわからないほど美しい景色の中で、私は船酔いと格闘していました。
そんな時です。
船尾の方から、何やら大きな声が聞こえてきました。
歩いて行ってみると、ダイビングをしていた方が海面から顔を出し、
「上げてくれー!!」
と叫んでいます。
何を…?
そう思って横を見ると、一人の男性がダイビングスーツ姿のまま、仰向けに海に浮かんでいました。
顔を見た瞬間、
「息をしていない。」
そう直感しました。
顔色はどす黒く、意識もありません。
慌てて船へ引き上げようとしましたが、大柄な男性に加え、ウェットスーツは水を含んでとても重い。
なかなか上がりません。
そこへ船長さんも駆けつけ、二人で渾身の力を振り絞って船へ引き上げました。
甲板へ寝かせて確認すると、
呼吸なし。
脈拍なし。
意識なし。
私はすぐに胸骨圧迫を始めました。
その場にいたのは、私と船長さん、そして海から上がってきたダイバーの三人だけ。
胸骨圧迫を続けるたび、
「ゴボッ…」
という音とともに、口から海水があふれ出します。
ダイバーの方に状況を尋ねると、
海底で突然様子がおかしくなり、慌てて水面まで連れてきたとのことでした。
私は胸骨圧迫を続けながら、
心の中で何度も叫んでいました。
「院長、早く上がってきて…。」
どれくらい時間がたったのでしょう。
一人で救命処置を続ける時間は、とても長く感じました。
ようやく院長と看護師の同僚が海から上がってきました。
船長さんは携帯用酸素とAEDを持ってきてくれました。
AEDを使うにはウェットスーツを脱がせなければなりません。
一度胸骨圧迫を止め、大きな体を横向きにして背中のファスナーを下ろし、上半身だけ脱がせます。
パッドを貼り、AEDを作動。
胸骨圧迫を続けます。
そして…。
な、なんと。
呼吸が戻ったのです。
かすかですが、自分の力で息をし始めました。
携帯用酸素がなくなると、今度はダイビング用のボンベから酸素を送り続けます。
息をしている。
少し声も出ています。
その瞬間、張りつめていた糸が切れたように、その場へへたり込んでしまいました。
船長さんはすぐに救急ヘリを要請。
一番近い島まで船を走らせ、無事にヘリへ引き継ぐことができました。
ヘリが飛び立つのを見送った時、ようやく胸をなで下ろしました。
院長たちは、その後また海へ潜っていましたが(笑)
私はもちろん船の上。
でも、不思議なことに、あれほどつらかった船酔いは、どこかへ飛んでいっていました。
……帰り道で、また見事に船酔いしましたけどね(笑)。
後日、ダイビングショップのスタッフからクリニックへ連絡がありました。
あの男性は、無事に助かったそうです。
ご本人もご家族も、とても感謝してくださり、
「ぜひ一度、ご挨拶に伺いたい。」
とおっしゃっていたそうです。
ところが院長が、
「いえいえ、私たちは名もなき者ですから。」
と丁重にお断りしたそうで…。
ちょっと待って(笑)。
あの時、一番長く胸骨圧迫をしていたのは私やで!
あの時の、今にも消えそうだったお顔しか覚えていないので、
元気になられた姿を、一度見てみたかったなぁと思いました。
だから今でも時々思うんです。
もしテレビの「九死に一生」みたいな番組で、
「命を救ってくれた方を探しています。」
なんて放送されたら、
私はすぐ連絡するのになぁ…って(笑)。
そして、おまけのお話。
救助の翌日。
私はものすごい坐骨神経痛になっていました。
足を引きずるほどの痛みです。
夢中だったので、その時はまったく気づきませんでしたが、
大きな男性を引き上げ、胸骨圧迫を続け…。
火事場の馬鹿力って、本当にあるんですね。
あれから何年たった今でも、
私はやっぱり海が苦手です(笑)。
でも、慶良間の青い海を見るたびに思い出すのは、
船酔いでもダイビングでもありません。
一人の命がつながった、あの日のことです。

