己巳の日、西の吉方位へ②|厳島神社で見つけた「弁財天」の謎

前回の記事では、己巳の日に西の吉方位である宮島を訪れ、雨の中で出会った大鳥居や厳島神社までの旅をご紹介しました。

今回は、その参拝中に私が思わず立ち止まった「ある疑問」について書いてみたいと思います。

雨の厳島神社を歩く

干潮の大鳥居を眺めたあと、いよいよ厳島神社へ。

雨は相変わらず降り続いていましたが、そのおかげでしょうか。

朱色の回廊は、雨に濡れていつも以上に鮮やかに見えました。

板張りの床に響く足音。

海から吹く少し冷たい風。

観光客はたくさんいるのに、不思議と静かな時間が流れています。

世界遺産というと、建物や歴史に目が向きがちですが、実際に歩いてみると、その場に流れる空気そのものが魅力なのだと感じました。

参拝を終え、御朱印もいただき、ゆっくり回廊を歩いて外へ向かいます。


「あれ?弁財天じゃないの?」

実は今回の旅は、己巳の日ということもあり、

「日本三大弁財天のひとつにお参りしたい。」

そんな思いで宮島を訪れました。

ところが、厳島神社の御祭神を見てみると、

**市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)**をはじめとする宗像三女神がお祀りされています。

「あれ?」

「弁財天じゃないの?」

そう思いながら赤い回廊を抜けると、今度は目の前に、

「弁財天」

と書かれたお寺が現れました。

「えっ?どういうこと?」

気になったら調べずにはいられない私です(笑)。


神様と仏様は、もともと一緒だった

帰宅して調べてみると、昔の日本には**神仏習合(しんぶつしゅうごう)**という考え方がありました。

神様と仏様を分けるのではなく、一緒に信仰していた時代です。

その中で、市杵島姫命は仏教の弁財天と同じ神として信仰されるようになりました。

つまり、昔の人にとっては、

「市杵島姫命」と「弁財天」は、対立する存在ではなく、自然につながった存在だったのです。


明治時代に変わった信仰の形

ところが明治時代になると、神仏分離令が出され、神社とお寺を明確に分けることになりました。

その結果、

神社では市杵島姫命

お寺では弁財天という形で、それぞれお祀りされるようになります。

実は、それまで厳島神社の本殿にお祀りされていた弁財天の仏像は、神仏分離によって、隣にある大願寺へ移されたそうです。

だから現在は、

  • 厳島神社では市杵島姫命
  • 大願寺では日本三大弁財天の一つ「厳島弁財天」

という形になっているのですね。


御朱印の意味がつながった

そういえば、大願寺でいただいた御朱印には、

「日本三弁天」

という文字が書かれていました。

最初は、

「そうなんや。」

くらいに思っていましたが、

歴史を知ってから改めて見ると、その意味がすっと腑に落ちました。

旅先でいただく御朱印は、参拝の記念であると同時に、その土地の歴史との出会いを思い出させてくれるものなのかもしれません。


「知ること」で旅はもっと面白くなる

私は昔から、

「なんで?」

と思ったことを、そのままにできない性格です(笑)。

今回も、

弁財天へお参りしたいと思って訪れた宮島で、思いがけず日本の信仰の歴史に触れることができました。

厳島神社で手を合わせ、

そして大願寺でも手を合わせる。

振り返ってみると、今回の旅の目的だった

「日本三大弁財天へお参りする」

という願いは、ちゃんと叶っていました。

景色を楽しみ、美味しいものを味わうのも旅の醍醐味ですが、

その土地の歴史や文化を知ることで、旅はさらに深いものになります。

今回の宮島では、そんなことを改めて感じることができました。


次回予告

宮島の旅も、いよいよ最終回です。

宮島ならではの食べ歩き、旅先で出会った小さな発見など、「旅を楽しむ」という視点から、宮島の魅力をお届けしたいと思います。

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