第17話|心地よさの檻——加奈子篇

わかってた、とは思う。でも、わかってても、しんどいもんはしんどい。

加奈子は毎週同じ曜日に彼から連絡が来るのを知っていた。決まった曜日、決まった時間、決まったやりとり。まるでスケジュール帳にはめ込まれた予定みたいに。

嫌いやない。それは本当のことで。でも、なんで自分はここまで管理されてるんやろ、と思いながら既読をつけてしまう。

彼はよく言葉を返してくる。「おまえが他のことを優先するのがさみしいんや」「ちゃんと向き合ってくれてる?」

その言葉、おかしいとはわかってる。あちらには家庭があって、こちらはバツイチで独り。どっちが、誰のために、何を優先してるんやろ。

でも言い返せなかった。何を言っても器用に論破されて、なんか自分が悪いみたいな気持ちになってしまうから。

最近、ライブが楽しい。推しを観ている時間だけは彼のことを忘れられる。それが唯一の、自分だけの時間やった。

「俺も行く」そう言われた時、加奈子は少しだけ何かが冷えていくのを感じた。あかん。ここだけは、入ってこんといて。

*

占い師に相談したのは衝動みたいなものだった。正直、答えはもうわかってた。でも、誰かに「そうやね」って言ってもらいたかった。

「彼、家庭と加奈子さんとの関係を器用に両立させようとしているようです」

——ああ。やっぱり。

涙が出るほどのことやない。でも、どこかほっとした。おかしいかな、と思うけど。「わかってた」が、ちゃんと「そうやった」になった瞬間。

彼に愛情がないわけやない、とも言われた。あるんやろな、とは思う。でも彼の言う愛情は、深めていくものやなくて、維持していくもの。現状を守るための愛情。それは、加奈子が求めてたものと少し違う。

十二月の終わり、もう一度電話した。「彼が言う言葉は、今を穏やかにするための言葉でしかない」

——そっか。未来を保証する言葉やなかったんやな。

加奈子は窓の外を見た。年の瀬の空が静かに暮れていく。

そろそろ、信じるものと手放すものを、ちゃんと選ばなあかんのかもしれない。

ライブのチケットを一枚だけ買った。一人分。

これは、誰かの物語。そしてきっと——あなたの物語でもあります。

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